
札幌から小樽は近い。
この距離感は、札幌に住んでいれば感覚として分かっています。
JRでも車でも、移動時間は短い。
だから、小樽を日帰りにすること自体に、特別な無理があるとは思っていませんでした。
実際、行く前の判断も間違っていなかったと思います。
距離だけ見れば、日帰りにしやすい場所です。
ただ、一日動いてみると、
移動、歩く距離、混雑、食事のタイミング。
そういう細かい消耗が、少しずつ積み上がっていきました。
「きつかった」というより、
帰りのタイミングで、はっきり効いてきた、という感覚です。
この記事では、
札幌在住の生活者として、小樽を日帰りにしたとき、
どこで消耗が積み上がり、どうやって疲れが確定するのかを、体験ベースで整理します。
札幌から小樽は「日帰りにしやすい距離」ではある
札幌に住んでいると、
小樽は「日帰りにしやすい場所」という認識になります。
JRでも車でも、移動時間は短い。
朝に出て、夕方か夜には戻ってこられる。
この感覚自体は、特に間違っていません。
実際、泊まりで行かないと成立しない距離ではないし、
これまでも日帰りで小樽に行ったことはあります。
だから今回も、
日帰りにした判断そのものに、迷いはありませんでした。
ただ、この時に前提にしていたのは、
あくまで「距離」と「移動時間」だけだったと思います。
一日を通して、
どれくらい歩くのか、
どこで人の流れに巻き込まれるのか、
帰りはどの時間帯になるのか。
そういった細かい条件までは、
深く意識しないまま予定を組んでいました。
札幌から小樽は、確かに近い。
でも、その近さだけで一日を組むと、
あとから別の要素が効いてくる。
そのことを、この日あらためて実感することになります。
距離は短くても、消耗は確実に積み上がる
移動時間だけを見ると、
札幌から小樽は本当に短いです。
JRでも車でも、
「移動で疲れるほどじゃない」という感覚になります。
この認識自体は、札幌に住んでいれば自然だと思います。
実際、行きの時点では特に問題はありませんでした。
座れたかどうか、渋滞があったかどうか。
その程度の差で、まだ余裕があります。
ただ、あとから振り返ると、
この短い移動でも、体力や集中力は確実に使われていました。
電車なら、
混み具合に気を配ったり、立ったまま過ごしたり。
車なら、
道の流れや駐車場のことを考えながら走ることになります。
どちらも、
「疲れた」と感じるほどではないけれど、
ゼロではない消耗です。
その状態のまま、小樽に着いて、
すぐに歩く観光に入る。
移動が短い分、
最初から一日分をフルで使えるような気がしていましたが、
実際には、スタート時点で少しずつ削られていました。
この小さな消耗が、
一日の後半で効いてくることになります。
小樽の観光は「点」ではなく歩き続ける流れになる
小樽は、
駅を出た時点で、もう歩く前提に入っている場所だと感じます。
小樽駅を出て、
そのまま歩いて小樽運河のほうへ向かう。
この流れ自体は、ごく自然なものです。
運河を見て少し写真を撮って、
「ここまで来たし」と、そのまま周辺を歩き続ける。
気づくと、
堺町通りのあたりまで来ていて、
ガラスやオルゴールの店が続く中を歩いています。
北一硝子や小樽オルゴール堂の前で足を止め、
少し見て、また歩く。
一軒一軒は短時間でも、この繰り返しが続きます。
さらに、
旧手宮線の跡を眺めたり、
建物につられて小樽芸術村のあたりまで足を延ばしたり。
こうして振り返ると、
小樽の観光は、目的地を点で回るというより、
駅を出てからずっと続く、ひとつの流れになっています。
地図で見ると近そうでも、
止まりながら、寄り道しながら進む時間が長く、
気づかないうちに距離と体力が積み上がっていました。
混雑が入ると、予定は簡単に崩れる
小樽を日帰りで回るとき、
予定を一番崩すのは、やっぱり混雑だと感じます。
歩く距離や移動時間は、
ある程度想定できます。
でも、人の多さだけは、現地に行かないと分かりません。
堺町通りを歩いていると、
人気の店の前で人の流れが止まる。
それだけで、歩くペースが一気に落ちます。
「少し見るだけ」「並ばないつもり」でも、
人が集まっている場所では、
立ち止まる時間が自然と増えてしまいます。
昼どきが近づくと、
今度は食事の判断が入ってきます。
どこで食べるか。
並ぶか、時間をずらすか。
外して探すか。
この判断をしている間も、
歩いて、人を避けて、立ち止まって、を繰り返します。
一つ一つは小さなズレですが、
混雑が重なると、
最初に思っていた時間配分は簡単に崩れます。
小樽の日帰りが地味に効いてくるのは、
距離よりも、この「混雑による予定のズレ」が積み上がるからだと感じました。
帰りのタイミングで疲れが確定する
小樽を日帰りにしたとき、
一日の疲れをはっきり意識するのは、帰りのタイミングでした。
観光している最中は、
歩いてはいるものの、
「まだ大丈夫」という感覚が続きます。
でも、
そろそろ札幌に戻ろうか、
と考え始めたあたりで、
急に体の重さを感じました。
小樽駅まで戻る道のりも、
行きより長く感じます。
立ち止まる回数が増えたせいか、
足に疲れが溜まっているのが分かります。
JRに乗って、
座れれば少し楽になりますが、
時間帯によっては立ったままになることもあります。
そのときになって、
一日分の消耗が、
まとめて押し寄せてくる感じがしました。
行きは短く感じた移動時間も、
帰りは意外と長い。
車でも電車でも、
「早く着いてほしいな」と思うようになります。
この帰り道で、
小樽を日帰りにした一日の疲れが、
はっきりと確定しました。
小樽を日帰りにするかどうかの判断軸
小樽は近い。
この前提自体は、札幌に住んでいれば変わりません。
だから、日帰りにする判断そのものが、
間違っているわけではないと思います。
ただ、今回感じたのは、
「距離」だけで決めると、
一日の組み立てが少し甘くなる、ということでした。
どれくらい歩くか。
混雑する時間帯にかかるか。
食事で並ぶ可能性があるか。
帰りは何時頃になるか。
これらを全部合わせて考えると、
日帰りが楽かどうかは、
単純な移動時間だけでは決まりません。
体力に余裕がある日か。
時間に追われない予定か。
「今日は歩く前提」と割り切れるか。
そういった条件がそろっていれば、
小樽は日帰りでも問題ありません。
逆に、
少しでも余裕を残したい日や、
無理をしたくないタイミングなら、
泊まりにする、あるいは回る範囲を絞る。
小樽をどう回るかは、
観光地としての正解ではなく、
その日の自分の条件で決めるものだと感じました。
まとめ|「近い」だけで組むと、最後に効いてくる
札幌から小樽は近い。
この距離感は、札幌に住んでいれば誰でも分かっています。
だから、日帰りにする判断自体は、
特別な無理ではありません。
ただ実際に一日動いてみると、
移動の短さとは別に、
歩く距離、混雑、判断の回数が、
少しずつ積み上がっていきました。
観光している最中は、
それほどきついとは感じません。
でも、帰りのタイミングで、
「あ、今日は使ったな」とはっきり分かります。
小樽の日帰りが地味に効いてくるのは、
距離の問題というより、
一日の組み立て方の問題だと感じました。
近いから大丈夫、ではなく、
今日はどれくらい歩けるか、
どこまで余裕を残したいか。
そういう条件を基準に、
日帰りにするか、回る範囲を絞るか、
あるいは泊まりにするかを決める。
小樽は、その判断次第で、
楽にもなるし、あとから効いてくる一日にもなります。