北海道旅で迷ったら、
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移動・距離

冬の北海道、歩く距離の感覚が本州と違う

冬の北海道を歩いていて、
あとから強く残ったのは、距離そのものよりも
「こんなにきつかったっけ」という感覚でした。

歩いている最中は、
そこまで大きな違和感があったわけではありません。
ただ、少しずつ、
体の反応が変わっていくのを感じていました。

正直、歩き始める前は、
そこまで深く考えていませんでした。
地図を見て、このくらいなら歩けるだろう。
そんな判断を、これまでと同じようにしていました。

本州にいた頃は、
同じような距離を歩いても、
特に気にならなかったはずです。
多少寒くても、
歩けば何とかなると思っていました。

でも、冬の北海道では、
途中から少しずつ、
足の重さや呼吸の感じが変わってきました。

「あれ、思ったより遠いな」

その感覚が出てきたとき、
地図を見間違えたわけでもなく、
道を間違えたわけでもないことに、
すぐ気づきました。

距離が伸びたわけではありません。
ただ、歩いたときの感覚が、
確実に違っていました。

札幌に住んでいると、
観光で来た人が同じような判断をして、
同じような顔つきになる場面を、
何度も見かけます。

歩き始めた直後は普通でも、
途中からペースが落ちて、
足元を見る時間が増えていく。

この距離感のズレについて、
自分が歩いて感じたことと、
日常で見てきたことを、
そのまま書いておこうと思います。

地図では近いと思って歩き始めた

地図を見ると、
思ったより近く感じる場所が多い。

駅から次の目的地まで。
ホテルから飲食店まで。
数字だけ見れば、
10分、15分くらい。

その程度なら、
わざわざ地下鉄やバスに乗らなくても、
歩いたほうが早い。
そう考えることも多かったと思います。

本州にいた頃なら、
その距離を歩くこと自体、
特に意識することはありませんでした。

だから今回も、
深く考えずに歩き始めました。
特別な準備をしたわけでもなく、
いつもの感覚のままです。

最初の数分は、
特に違和感はありません。
「あ、意外と近いかも」
そんなふうに思うこともありました。

歩き始めた直後は、
まだ体も温まっていて、
足取りも軽かったと思います。

でも、少し歩いたあたりから、
だんだんと感覚が変わってきます。

足元に意識が向いて、
呼吸の間が少しずつ伸びていく。
まだ半分も来ていないはずなのに、
体のほうが先に反応していました。

距離は、地図どおりです。

ただ、歩き始める前に思っていた
「このくらいなら大丈夫」
その感覚だけが、
静かにズレていました。

雪道と寒さで歩くペースが落ちる

歩いているうちに、
まず変わってきたのは足元でした。

雪が踏み固められていたり、
少し溶けて凍っていたり。
見た目では分かりにくくても、
一歩ごとに力の入れ方が変わります。

とにかく滑るので、
転ばないように意識を集中させる。
その状態が、
ずっと続きます。

歩きながら、
足元ばかり気にして、
無意識に力が入っていました。

一歩一歩は小さくても、
その集中が積み重なって、
気づかないうちに疲れていきます。

そこに、
冷たい空気が加わります。
顔に当たる感じや、
息を吸ったときの冷たさで、
歩くリズムが少しずつ崩れていきました。

寒いだけなら、
まだ我慢できたと思います。

でも、雪道と寒さが重なると、
思っている以上にペースが落ちていきます。

気づいたときには、
出発前に考えていた時間から、
少しずつ遅れ始めていました。

信号と交差点で思った以上に止まる

歩き始める前は、
そこまで意識していませんでしたが、
信号や交差点の数も、
じわじわ効いてきました。

交差点に近づくと、
足元の状態がまた変わります。

歩道と車道の間に、
小さな段差がある場所が多い。
ロードヒーティングが入っている所と、
入っていない所の境目に、
段差ができていることもあります。

大きな道路につながる小道では、
車のタイヤの跡で、
雪が削られて段差になっている部分もありました。

何気なく歩くと、
そこで足を取られそうになる。

バスを降りた人が、
そのまま続けて滑って、
何人も転んでしまう場面を、
見かけたこともあります。

北海道の人の歩き方を見ていると、
足を高く上げません。
小股で、
すり足に近い歩き方をしています。

いつ滑ってもいいように、
体を預けすぎない。
そんな歩き方に見えました。

歩道に小さな砂利が撒かれている場所では、
無意識に、
その上を選んで歩いていました。

青に変わるのを待って、
渡って、また少し歩いて、
次の信号で止まる。

夏なら、
それほど気にならない流れです。

でも冬は、
止まるたびに体が冷えていきます。
歩いて温まった感じが、
信号待ちの数分で、
すっと消えてしまう。

止まっている間、
じっと立っているだけでも、
体の冷えを感じました。

一つ一つは小さなことなのに、
それが重なっていきました。

歩いている時間より、
止まっている時間のほうが
体に残る。
そんな感覚になる瞬間もありました。

距離は変わっていないのに、
進んでいる感じがしない。
その違和感が、
少しずつ積み重なっていきます。

「歩ける距離」の判断が本州とズレる

ここまで歩いてきて、
一番感じたのは、
判断の基準そのものが
ズレていたことでした。

距離を見て、時間を見て、
「これくらいなら歩ける」
そう思って決めたはずなのに、
実際にはその通りにならない。

歩きながら、
何度かそんなことを考えました。

本州にいた頃の感覚を、
そのまま当てはめていたのが、
原因だったと思います。

雪道。
寒さ。
信号待ち。
段差。

一つ一つは小さな要素でも、
重なると、
歩く負担は確実に増えていました。

歩き始める前の判断と、
歩いている最中の体の反応。

その差に、
途中で気づくことになります。

「まだ行けるはず」
そう思いながら歩いて、
少しずつ無理が出てくる。

結果として、
距離そのものよりも、
判断の甘さのほうが
体に残りました。

札幌にいると見えてくる距離感の違い

札幌に住んでいると、
冬に歩いている人の様子を、
日常的に目にします。

最初は普通に歩いていたのに、
途中からペースが落ちて、
足元ばかり見るようになる。

その変化は、
遠くから見ていても
分かることがあります。

たぶん、
出発前の判断と、
実際の体の感覚が、
少しズレている。

地元の人でも、
その日の雪の状態や気温で、
歩く距離の判断を変えることがあります。

それを知らずに、
本州の感覚のまま歩くと、
「思ったより遠い」
という感覚になりやすい。

距離が違うというより、
条件が違う。

その前提を知らないと、
判断だけが置いていかれる。

札幌にいると、
そんな場面を何度も見て、
自分自身も、
同じように感じてきました。

まとめ

冬の北海道を歩いて感じたのは、
距離そのものよりも、
感覚のズレでした。

地図や時間だけを見て判断すると、
歩き始めてから
思った以上に負担を感じることがある。

雪や寒さ、止まる時間や景色。
そうした条件が重なると、
同じ距離でも、
体の受け取り方は変わってきます。

歩けるかどうかは、
距離だけでは決まりません。

その前提を、
一度立ち止まって考えるだけでも、
旅の感じ方は少し変わると思います。

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